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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(行ツ)304号 判決

上告人

藤木昇

右訴訟代理人弁護士

風早八十二

冨永長建

新井章

高野範城

門井節夫

大森典子

前田留里

四位直毅

南元昭雄

渡邊良夫

池田眞規

右訴訟復代理人弁護士

牧野二郎

被上告人

武蔵村山市福祉事務所長

浅野代次郎

被上告人

厚生大臣

藤本孝雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人風早八十二、同池田眞規、同冨永長建、同新井章、同高野範城、同門井節夫、同大森典子、同前田留里、同四位直毅、同南元昭雄、同渡邊良夫の上告理由について

生活保護を受ける権利すなわち保護受給権は、被保護者自身の最低限度の生活を維持するために当該個人に与えられた一身専属の権利であり、たとえそれが被保護者の生存中の扶助ですでに遅滞にあるものの給付を求める権利であつても、当該被保護者の死亡によつて当然消滅し、相続の対象とはなりえないと解するのが相当である(最高裁昭和三九年(行ツ)第一四号同四二年五月二四日大法廷判決・民集二一巻五号一〇四三頁参照)。そして、この理は、当該申請に係る保護受給権の内容が被保護者において生活保護を受けるためにその生存中に負担した弁護士費用(期日出頭費用、訴訟記録謄写費用、報酬)の給付を求めるものであつても、異なることはない。そうすると、本件訴訟は、亡藤木イキの死亡によつて終了したといわざるをえず、同人の相続人である上告人においてこれを承継する余地はないといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、結論において正当であり、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安岡滿彦 裁判官伊藤正己 裁判官坂上壽夫)

上告代理人風早八十二、同池田眞規、同冨永長建、同新井章、同高野範城、同門井節夫、同大森典子、同前田留里、同四位直毅、同南元昭雄、同渡邊良夫の上告理由

原判決は、「……生活保護を受ける権利は、要保護者……個人に与えられる一身専属の権利であり、相続の対象とはなり得ない」(最高裁のいわゆる朝日訴訟判決)……「本件における問題は、当事者の死亡に伴う当然承継の可否であり、当然承継においては訴訟物たる権利又は法律関係の内容自体が判断基準となり、それが当事者の一身に専属する性質を有するときは、法令に特別の規定がない以上、承継を肯定する余地はないと解するのが相当である。本件における控訴人(藤木イキ)の各請求の内容が、保護受給権に係る行政処分及び裁決の取消を求めるものであ」り、……「主張に係る第一次訴訟の裁判費用等の給付請求権や不当利得返還請求権等は本件訴訟の目的とされていないことは明らかであり、それらはいずれも控訴人の主張する生活保護法上の保護受給権とは別異のものである。したがつて、そのような権利の存在を前提に置き、これらの権利の性質から、控訴人の死亡に伴う本件訴訟の承継の可否を決することは許されない」と判示している。

第一点 原判決は、憲法二五条違反、および判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があり取消されるべきである。

一、原判決は「生活保護を受ける権利は、要保護者個人に与えられる一身専属の権利であり、相続の対象とはなり得ないとして、朝日訴訟の最高裁判決を引用している。しかしながら一口に保護受給権といつても、その内容は多様であつて、そのすべてを一身専属の権利で相続の対象となり得ないものと解することはできない。

たしかに、要保護者の生活扶助に関する保護受給権は個人の死亡によつて、死亡以後について消滅する。その意味で一身専属の権利といつてよいであろう。しかし、受給権がすでに発生し、支払いが遅滞におちいつているものなどについてまですべて請求し得ないと解するのは相当でない。住宅扶助を例にとれば、要保護者が住んでいる住宅につき扶助の申請をおこなつたが認められず、訴訟中に要保護者が死亡した場合、住宅扶助受給権が一身専属の故に訴訟が終了するのであれば、遅滞して累積した住宅費の総額はどうなるのであろうか。住宅扶助の給付を認めなかつた却下処分が適法であつたか違法であつたかにかかわらず、要保護者が死亡しなければ住宅扶助が給付されたであろう場合をも含めてすべて住宅扶助の給付の途をたゝれてしまうのである。この場合、国は一方的に住宅扶助の給付を免れ、家主は一方的に住宅費の損失を強要される。このことに何の合理性があるであろう。むしろ相続人に訴訟を承継させ、保護処分の可否を判断させて、遅滞した住宅扶助の給付の途を残すことこそ保護受給権の権利の性質を正しく解することになるのである。

二、本件訴訟で問題となつたいわば「裁判扶助」についても同様であつて、生活保護法が「裁判扶助」の給付をみとめるものであれば、本件訴訟の結果、保護却下処分は取消され、「裁判扶助」費の支払の途が開かれるのである。右「裁判扶助」費は、前述の滞納住宅費と同じく要保護者の第一次訴訟においてすでに発生した費用であつて、要保護者の死亡後支払われることによつて、何の不都合もなく、生活保護法にいう扶助費の性質を損うものではないのである。

朝日訴訟における個別的保護受給権の性質が、仮りに一身専属の権利であつたとしても、本件は「裁判扶助」費に関するものであり、事案を異にする朝日訴訟を先例とすることはできない。

原判決が生活保護法に基づく保護受給権の性質をすべて一身専属の権利であると解し、本件についてもそれを認めて承継をみとめなかつたことは、保護受給権の解釈につき、生活保護法、とりわけ同法一条ないし四条の解釈を誤つたものである。

それは同時に、健康で文化的な最低限度の生活を保障した、憲法二五条にも違反するものである。

第二点〈省略〉

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